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2017年2月27日の雑記

 

2017/02/27 雑記です。

よかったら少しだけおつきあいください。 

 

 私は12歳から23歳の今日まで、月に2回、多い時は毎週大学病院の眼科に

通っています。書いてみて驚きますがもう10年になります。今は発覚当時よりも病状は落ち着いているので、月に1度の通院で済んでいます。

 私の病気はぶどう膜炎という病気で、目の網膜(内側)が炎症を起こす病気です。治療に使ったステロイド薬の副作用で白内障も発症しています。副作用としてままあるそうです。私がこれから書くことは、私が自分を哀れんだり、自己承認欲求を満たしたり、他のよく言われるようなインターネット露出狂的な動機で書くことではありません。またこの病気のことを啓蒙したいわけでもありません。傷を舐め合いたいわけでもありません。哀れまれたいわけでもないし慰められたいわけでもありません。だからそれらの感情を抱かないでほしいとは思います。私の要望にすぎないですが。

 

 私の通院は中学校1年生から始まりました。小学校時代の視力は両目とも大体Bくらいで何の問題もなかったのですが卒業後、中学生に進学する時に勉強に支障がでたら困るだろうという母親の計らいで、一度眼鏡を作っておこうかという話になって、眼鏡屋さんに行き視力検査した際に視力に大きく左右差があり、店員さんに病院を受診することを勧められてはじめて病気が発覚しました。(業務を超えて助言してくれたあの時のお姉さんには今でも感謝しています)それからずっと、病院に通っています。

 

 その時に炎症が起きていたのは右目だけで、左目は健康でした。でももう右目は視力の回復が難しいほど悪くなっており、今でも視野の一部が見えないです。(真っ暗になるわけではなく、他の見える部分で補っているようで、にじんだように見えます。きっと範囲は広くないんだと思います)でも、左目の視力は問題なかったので、知らないうちに補って見ていたようで気がつきませんでした。それから治療がはじまり、いろいろ試してみましたがあまりよくならず、うかうかしているうちに、高校生の何年かで左目にも炎症が出て、両目とも悪くなってしまい、それからだんだん見えづらさを感じるようになってきました。

 

 私の見えづらさは具体的に見えないというよりは、視界がぼやける、ちらつく、見えるけれど見えづらい、という説明が難しいものなので、あまり言葉を尽くして説明してもわかってもらえないかもしれませんから、細かく説明するのはやめておこうと思います。でも、簡単に言うなら、本を読んでいる時に、読んでいる部分の中心部分に水が一粒落ちて滲んで輪郭がぼやけるような見え方に近いです。だから、本も読めます。黒板も見えます。病気とは関係なくもともと近視気味なので、視力を矯正すれば視界は多少クリアになります。だから私は問題なく日常生活を送っていました。その部分が見えなくても、少し視点をずらしたら見えるところで見えるからです。(私と同じような人でもこういうテクニックで本を読まれている方もたくさんいるそうです)

 

 私の病気は痛くありません。痛みを感じる日はあるけれど、本当にごくまれで、すこしの間我慢していたらおさまります。また、見えないといっても両目とも矯正視力0.2くらいあるので、本当に健常者とも変わらないし、事実ほぼ、ほとんど変わらないと思います。

 私はずっと自分のことを健常者だと思っていました。そしてもし、健常者と非健常者を分けるのが、単純に障害者手帳の有無であるならば、私は健常者です。「障害者ぶりたい」わけではありません。私は自分の病気について、他者と比べて過剰に深刻であると思っているわけでもありませんし、おおよそこの私が「健常者である」という認識は社会的に見ても妥当だと思います。それに対して意義はありません。

 

 私は先日、語学の試験を受けました。紙辞書貸与の試験でした。

私は普通の本は読めますが、紙の辞書は読めません。紙が薄すぎるせいなのか、文字が小さすぎるせいなのか、おそらく複合的な理由です。(普段の勉強では電子辞書を使っています)それは分かっていたので、運営側に申請しました。

運営側の提案は10分の試験時間の延長と拡大鏡の利用許可、電気スタンドの貸し出しでした。

私は事前に使う辞書も見せてもらい、拡大鏡も使って見てみました。開いたページは問題なく読めました。だから大丈夫だと思っていました。なぜなら私は「見えづらい健常者」だからです。そしてまた、私の自己認知も「見えづらい健常者」だからです。だから安心していました。問題なくテストが受けれると思っていました。目がまだ良かった小学生や中学生の頃は、紙辞書の方が好きだったので、紙辞書も引き慣れていたから、平気だと思いました。

 

 当日、私は自信のあった語学の試験は90分で3行も書けないで終わりました。なぜでしょうか。私はやっぱり紙辞書を使う事ができなかったのです。拡大鏡を使いながら辞書を引く事、それは想像していた以上に大変なことでした。大丈夫だと高をくくっていた私も悪いとは思います。詳しいことは後述しますが、多くの人は試しに引いてみるんじゃないでしょうか。私はしませんでした。

 

辞書で1単語を引くのに早くて5分はかかりました。類語が多い単語だと、ほとんどスペルが同じ単語が1ページずらっと並んでいます。長くて10分かかりました。8単語もわからないものがあれば、5分換算でも40分マイナスです。試験に出た文章は多分4000語くらいじゃないでしょうか。わからない単語が8単語で済むわけありません。(勉強不足だと言われたらそれでおしまいという点もありますが、他の試験者も全てカバーしているわけではないかと思います)私の試験時間は大体辞書をめくって終わりました。無残です。

 

 私はひどく動揺しました。答案が書けなかったこともショックでしたが、それ以上に自分がもはや「見えづらい健常者」の枠を踏み越えつつある現実を一番残酷な形で叩きつけられたからです。

 私は自分のこの病気について、長い間自分のことながら関心を持っていませんでした。痛くもないし、病院には行っているし、そして私の場合原因不明のぶどう膜炎だったので、何をしたら治る、という明確な治療法がないからです。薬を飲み、現状維持をすることが一番の治療です。だから私は自分のことを本物の健常者だと思っていました。(本物とか本物じゃないとかのこの表現、好きではありませんが書きようがないのでしょうがないです。ご不快になられた方すみません。)

 話は戻りますが、試験で無残な結果に終わった、この事態をどのようにしたら避けれたでしょうか。私の学ぶ外国語の語彙12万語以上を全部覚え、辞書を引かずにわかるようにしたらよいでしょうか?(それも悪くはないですが)でも現実無理ではないかと思います。可能でしょうが数年では無理じゃないでしょうか。この点は可能でも不可能でも今回の話にはあまり関係ありません。

 

 それではもう一つの可能性は「電子辞書を使わせてもらうこと」です。こちらの方が12万語覚えるよりは現実的です。一応私も、運営の方に「電子辞書使わせてもらえませんか」とは聞きましたが、電子辞書はハイテクなのでダメだと断られました。わからなくもないです。むしろ当然かなとも思います。私が嫌いなわけでも多分なく、前例がないし新たに論議するのも面倒でしょうし、なんか色々大変なんでしょう。それは想像に難くないし、その回答自体普通だと思います。私は引き下がりました。不便だけど大丈夫かな、と思いました。

 

 でも実際私は紙辞書を使えませんでした。やっぱり、電子辞書を使う必要があったのです。私にできたことはなんだったでしょうか。それは、「電子辞書を使わせてもらうように粘り強く交渉すること」です。では、「電子辞書を使わせてもらうように粘り強く交渉すること」のためには何が必要だったでしょうか。それは、「自分がハンディキャップを持っていることを自覚すること」です。私は、運営側の「紙辞書ではダメですか、拡大鏡を使えば見えませんか」という発言に、完全に押し切られました。自分は見えづらいけど健常者だから、不便だけど平気だ、と思いました。私は私のハンディキャップを他人に説明できるほど、自分のことを理解していませんでした。結果私は損をしました。

 

 私は長い間、自分の病気から逃げていました。正直言って普通の人は多分視界が欠けてないでしょうし、字が滲んだりしないでしょう。私は普通に病気です。

 ぶどう膜炎は、時には失明もするそうです。私の場合はほとんどないとは言われています。でも、失明している人もいるそうです。あまり詳しくは知らないですが、各人によって症状に差があるでしょうから、もしこれを読む人がいればは、同じ病気の人の不安を煽りたくないです。一緒に通院を頑張りましょう。

 

 私は自分が病気であることを認めるのが恐ろしかったです。この病気は慢性疾患であり、鬱病などと同じで、完治はなく「寛解」しかありません。だから、ずっとなんとなくおつきあいしないといけない病気だと思います。

 

 小学校の頃と比べて、明らかに最近は見えづらくなりました。それは自覚していました。

私は人に自分が目が悪いことを言うのが嫌いです。それは他人に関係ないことだし、人によっては偉そうにする、強権的に振る舞うのを見てきたからです。日常生活で私はいろんなものが見えません。ドトールのメニュー、レジの机に直接置いてあると見えません。手にメニューを持たないと読めません。その度に、友達とか、いろんな人が、「目悪いの?」と聞いてきました。

 でも知られたくなくて、その人の嫌な面を見たらどうしようとか、私の弱点をさらしてバカにされたらどうしよう、とか考えて「ちょっとね」って言ってごまかしてきました。「コンタクトしたら」とか、「メガネかけたら」とか言われて、その度に心の中で「違うよ、病気なんだよね」って思ってきました。だからほとんどの友達は私の病気のことを知りません。

面白いことに、誰も知らないことは、私も知らないことと同じです。

 

 周りの人は私を「目が悪い人」として扱います。当たり前です。だから私も「目が悪い人」として扱われます。普段「目が悪い、近視の人」として扱われているのに、どうして自分で自分のことを「病気で目が見えづらく、そろそろ本当に見えづらくなりそうな人」と扱えるでしょうか。

結局、人間は人の扱うように自分を扱いがちなんだと思います。色々例は挙げれますけど、29歳だから結婚しないといけない年齢なので結婚しようとか、完全一致ではなくても、一応わからなくもない話です。それもあって、私の「見えづらい健常者」という自己認知はスキのないものになっていきました。

 

 さて、長くなりましたが、結局今回の私の大痛手、大痛恨ミス、大失敗はいかにして避けられたか、というと、自分の面倒をちゃんと見ること、です。あまりに当然すぎてここまでの長文が無駄なような気もします。他の人はちゃんとできているんでしょうか。よくわからないです。

私のように、自分の病気や見えづらさから逃げて問題に蓋をして、日々を過ごすことは良いことだったのでしょうか? 大失敗しましたね。よくないことでした。別に今でも人には言わなくてもいいと思いますが、(というかそれは別の勇気が要るでしょう)「失明する病気かもしれない」「これから本も読めなくなるかもしれない」「車の免許もとれなくなった」という事実を向き合う勇気がありませんでした。正直文章にするだけでも恐ろしくて具合が悪くなります。(私は映画や読書や観劇などの目の娯楽が大好きなんですよね)

 

 自分の現実をちゃんと見て、自分にはできないことがある、そしてそれが、どのレベル、どの程度の進度の問題なのか理解すること、自分のできる範囲がどこまでなのか知ること、それは驚くほど大切なことだと思いました。

 

 自分のできること、できる範囲のことをよく知っていることは、それだけで状況を有利にできるし、不利な状況も調整することができるんだなと思います。「まだ大丈夫」「このくらい平気」と思って、自分の面倒を見るのをやめるのはやめてあげて欲しいです。世の中には色んな人が居て、「うつ病は甘え」とか、「みんな辛い、みんな色々何かある、できる範囲で頑張れ」とかたくさんインターネットに書いてあると思います。現実でも言われる人もいるかもしれません。私もその意見を多く内面化して、自分の面倒を見ることをやめました。「まだ見えるし、まだ大丈夫」「私は電子辞書じゃなくても平気、みんなと同じ土俵で勝負できる」とか。でも私の面倒は私にしか見れないです。そういって自分を無視して試験大失敗しました。これも多く言われることだけど「自分をもっと大事にして」「休んでいいよ」とかみんなよく言いますよね。だって、できない、って言ったらどうせバカにするんでしょう。って、思いますよね。私も思いますね。そして現実そうだと思います。できない人とか、弱みを見せると多くの場合バカにされがちです。世知辛いですね。

 でも、そういう意見を内面化する必要はないと思います。多くの場合私たちは休めないし、病気を理由に挑戦をあきらめたりしないです。皆タフだなと私は思います。でも、がんばることや、弱点をカバーすることは、自分の病気やハンディキャップとよく話しあってから初めてできることです。他の人はみんなできているんでしょうか。私にはわかりません。

 自分が何ができて、何がどのくらいできなくて、どうしたら上手にできるか、そういうことを考えるのは、毎日勉強したり、目標に向かって頑張ったりするのと同じくらい大切だと思います。

話が長くなりましたが、結局こういうことが「自分を大切にする」という巷でよく言われるやつなんだと思います。アロマのお風呂に入るのも、お花を部屋に飾るのも、1日の楽しみにちょっと高いチョコレートを買うのも、全部ここに書いたことがベースなんだと思います。

 

私は長らく気質が憂鬱で、「鬱、辛い」とか、「鬱、死」「気分 元気に」とか1日に何回も検索しては「自分を大切にしてください」とかいうネットの記事を見て唾を吐いていました。

 

アロマの風呂にも入ったし花も飾ったしチョコも食いましたが全然「自分を大切にした」と思えませんでした。でも、多分こういうことじゃないかなと思いました。